紅い影を追いかけて


小さな六畳のアパートの部屋の中に、ベッドに横たわる老人と、かつて老人と同級生だった赤い髪の少年が座っていた。

「時雨、いるか?」

老人が少年に呼び掛ける。
老人は視力が低下しており、少年の姿が見えていないようだ。

「……おう、ここにいる」

若い頃に無茶したツケが回ってきたのかな、と老人は力無く笑う。

「随分無茶したみたいじゃねーか。喧嘩もタバコもやめなかったんだろ?」
「弱かったからな……誰かさんみたいに派手な格好して、見栄えだけでも強そうにしたかったんだよ」

少年は強そうに見せても良いことなんて無い、と呆れたが、老人はそれを否定することも無かった。


 ふと、老人の腹が鳴った。

「そういや腹減ったな……時雨、なんか作ってくれよ。簡単な粥でもいいから」
「あのなあ、俺が料理できないって何回言えばいいんだよ。ボケ老人が」

少年は老人と同級生だった頃から、料理が極度に苦手であった。
あれから半世紀以上経ち、老人が自炊できるようになってからも、少年の料理下手は治らなかったのだ。

とはいえ、何も食べないのは身体に支障をきたすと思い、ラーメンでも作るかと少年は立ち上がった。
立ち上がったのだが、老人の皺だらけの手に止められた。

「なあ時雨、お前も薄々気づいてるんだろう? 俺の寿命に」

老人はかすれた声で言った。
そう、今日少年がこの部屋を訪れたのは、かつての友人の死期を察したからだった。
下界を管理している天使にとって、人間の寿命を知ることは容易い上、よくあることだ。
それでも、少年はこの老人の死を見逃すことができなかった。

「時雨、最後のお願いだ。おれが力尽きるまで、傍にいてくれ」

老人の絞り出すような言葉に、少年の答えは決まっていた。

「いいぜ。おめえが嫌になるまでいてやるよ」

種全体としての使命や役割を大切にする天使という種族にとって、誰か一人を贔屓するということは、おそらく天使の間でも良い目で見られないだろう。
それでも、少年は、赤い髪の天使は、かつての同級生の最期を見届けたかったのである。


「そういえば、お前らが天使って知った時はビックリしたんだぞ? まあ、今思えば当然だよな、俺が就職したのにまだ学生みたいな身体だったんだから」
「あのときのお前、オーバーにも程があるってぐらいビビってたよな。 今更かっつーの」
「天使が本当にいるなんて夢にも思わないだろ」

「俺、時雨の強さに憧れてたんだよ。中学入ったときも髪染めて、今もその強さが羨ましいんだ」
「結局俺の後ろにくっついてただけじゃねーか。あれからも全然強くなってねーし」
「でも、思えばそれは喧嘩が強いからとか、見た目が派手だからじゃないんだよな」
「気付くのおせーよ」

「コロンちゃんてさ、やっぱり綺麗だよな。今思い出しても思う。」
「あいつ天使とか関係なく全く老けねえからな。怖えぞ。」

「ピピは? まだ勉強してるのか?」
「あいつは人生こそ勉強って感じで生きてんなぁ。頭は良くねーけど」
「時雨が言えた義理じゃないだろ」

「あのさあ時雨……ありがとうな」
「おう」

ぽつり、ぽつりと会話を交わし、天使は老人の表情が弱々しくなっていくのを、しっかりとその目で見届けた。


 赤い髪の少年はとある墓地を訪れていた。
すると後ろから聞き覚えのある声がして、少年は振り返る。

「――で、葬式に挙げ句は火葬まで付き合ったわけね。馬鹿じゃないの」

声の主は紫の髪に蒼い目を持つ天使の少女だった。
うるせえ、と少年が言い返すと少女は呆れたように言う。

「あのね、あたしが言いたいのはそうやって自分の心を傷つけるようなことをするなってことよ」

蒼い目の少女にとって、少年は大切な存在であるため、必要以上に少年に負担が掛かることはしてほしくない、というのが本音だ。

それでも少年はこれぐらい負担じゃねーよ、と寂しげに笑った。

「それじゃ、俺は次の仕事があるから」

紅い影は、そう言って蒼眼の天使に背を向け、歩きだした。

※川島が時雨が天使だということを知って大人になったらどうなるか考えて書いたIFショートショートでした。

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