次の職場はどこだ。


 ……視界が狭い。装着の方法も忘れちまったから思うように呼吸もできやしねぇ。
マスクを固定するベルトの間から覗く俺の派手な赤い髪が、北から吹く風を感じ取る。

 また一つ、集落が滅びようとしているのが見えた。
他の都市からは離れていたが川が近く、浄化装置?とやらを開発し、独自の飲料水を作り出したことにより一時は賑わいを見せていた集落みたいだが、ここ最近は浄化が追いつかなくなり、独立した集落でもあり装置に頼り切っていた住民は、自分達を栄えさせた水に苦しめられる結果になってこの有様だ。
生き残った集落の奴らは散り散りになり、酸素の確保ができる限り次に住まわせてもらえる土地を探すのだそうだ。
水と言えば昔ペットボトルのミネラルウォーターを買う奴はバカだと、いつでも飲める水が管から出るじゃねぇか…なんて考えていたが、今は生活に最低限必要な飲料水さえ、土地によっては手に入りにくくなっている。
そんな一部始終を、俺は酸素の補給に寄った旅人の振りをして集落で見ていた。

 「もうっ、ここに来る時はやっぱりショートヘアにするべきね!髪の毛がガスマスクに引っかかるから痛くて痛くて。」
ふと、後ろから懐かしい声がする。
マスクに顔を覆われ微妙に籠ってはいるが、あの青い瞳の天使の声だ。会うのは100年ぶりぐらいか?
「……そんな文句言うなら来んじゃねーよ、コロン。」
もうお互い外見年齢も若くは無いのだが、コロンは恐らくほとんど老けていないのだろう。ますます魔性の女っぽさに磨きがかかる。
とはいえガスマスクを被ってるせいでアイツの顔は見えないし、俺の皺の増えた素顔もコロンには見えないのだろう。
見えたからと言ってどうってわけでもないんだが。
「つーかお前、どうやって下界に降りる許可取ったんだ?」
俺が呆れつつ投げかけた質問を『だって時雨ちゃんに会いたかったんだもん』などと華麗にかわし、俺の傍に座る。
荒れ果て、有毒物質が蔓延る地上がヒトや動物だけでなく、天使の体内器官にも害をもたらすことが分かり、天界が下界の天使を一斉に撤収させてから300年近く経った。
ピピ・ウィグルアや川島とつるんでた頃に勤めてた『下界観察』などという職業はもはや意味を無くしていた。
むしろ、下界に降りるにはそれ相応の許可が必要になった時代だ。
そんな状況で俺がなんで下界にいられるかと言うと、撤収の際に一緒に天界に帰らなかったからだ。
「時雨ちゃん、下界観察まだ続けてるの?」
コロンが問う。
金も出ねーし、1人だけどな…。そう返すと、コロンに「職業でもない、人も環境も整ってない。ごっこ遊びみたいね」なんて言われちまった。

 コロンとは100年に一度ぐらい…人間でいえば3年に一度ぐらいか?会って他愛の無い話をする。
ウィグルアは元気か?お前はどこで遊んでるんだ?そういえば下界では最近春が短くなったとか、それだけ。
国の首相が変わろうと、どこかの島国が沈もうと、……世界がガスに包まれても、それだけだ。
一通りの話を終え、コロンにそろそろ帰るか?と言ったら
「今回はそれだけじゃ物足りないわ。しばらく下界を見て回りたいの」
とかほざきやがった。
……とはいえ、そろそろ1人旅には飽きてきた頃だ。別に少しぐらいコイツと行動してもいいか。

 とりあえず俺、そして招かれざる客のコロンは滅びた集落を後に、『下界観察ごっこ』に戻ることにする。
俺は最期までこの薄汚い世界と心中することに決めている。まぁ、正直言うと天界に帰りたくないっていうほうが正しいかもしれないな。
天使風に言うならば、「神様に見捨てられた世界」ってとこか?
天使からの干渉が無くなったかわりに知恵を分けてもらうことも無くなった地上の生き物がどうやって生きていくのか、もう少し見届けたい。

 さて、次の職場はどこだ。

※ゆきふむれさんの「ガスマスク」の設定をお借りしたパロディ小説でした。

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