足休めの夜風


「こんな課題、夢見の知り合いでもいなきゃムリだよー!」
「そういう言い訳は一度調べてからするんだな。」
ピピの根気の無さに呆れつつ、そろそろこの研究所だけで学ばせるのに限界を感じていた。

そんな頃、彼女は現れた。

 トモと名乗る、男勝りな口調の女性が研究所を訪れた理由は、実に単純な興味と関心だという。
ピピに出した夢見についての課題を「知り合いに夢見がいた」と言ってあっさりと片付けると、夢見の学者と話がしたかったようで、同年代だということもあり、私の部屋を訪ねて来た。
 彼女は赤い髪と瞳がとても印象的だった。鮮やかな赤い髪や瞳など、今まで見たことが無いと指摘すると、
「目立つってのは、良いことばっかでもないけどな」
赤い眼が細くなる。
実際、彼女は子供の頃同年代の友人が少なかったという。含みの無い笑顔で言った辺り、強がりでもなんでもなく、自身の経験を語っただけのようだ。
美しい赤なのに、トモが住んでいた村の知り合いは見る目が無いと思うのは、私の髪が青いからか、それとも大人になったからか。
 彼女について気になったことを一通り話した後、逆にこの研究所について色々と聞かれた。
――私は知っている事柄を脚色無く述べる。
この施設は科学的に夢見の生態を調べる研究所であること。
"先生"と呼ばれている人間も学者であり、研究と教育係を兼ね、志願して夢見について学びに来た者に対して講義を行うこと。
私は直接夢見と会ったことは無いが、友人が夢見と関わったばかりに早すぎる最期を遂げたこと。
またピピは友人の件で巻き込まれ、孤児になったところを連れてきて面倒を見ていること。
……正直なところ、夢見を見た人間がほとんどいないため、研究が捗っていないということを。
 最後に、研究所の公表している最終目標が"夢見の差別からの解放"であることを言うと、なんて体裁の良い団体だと揶揄されてしまった。
正直、笑えない。
ほとんどの学者の意識として解放を目指しているのは真実とはいえ、夢見を試験管内のサンプル同然に扱おうとしている者もいるのだから。

 彼女は滞在していた間、有り難いことにピピの相手をしてくれた。
大人の女性がピピの面倒を見てくれる図はあまり女性と縁の無い私やピピからすると思い出しても不思議な光景だった。
突然訪ねてきたとはいえ貴重な夢見を知る人物であり、客なのだから気を遣わなくて構わないと伝えたが、弟ができたみたいで嬉しいだけだからなんて呟きながらピピの頭をクシャクシャと撫でた。
ピピもトモが優しいと知ってか、自分の行動を逐一トモに報告しに行った。……よそのお姉さんだから甘やかしてくれるんだぞと少し嫉妬する。
九つで両親を亡くし、思春期をピリピリとした研究者の中で育ったピピにとって、世界を見てきた広い視点からピピにアドバイスしたり、自分の経験を語ってくれたりするトモは、私たち研究者とは別の方向性からの教師のようだった。
そしてピピとトモの交流を見て、私は前からのとある考えに確信を持つようになった。

 一ヶ月ほど経ったある日、それは本当に突然に、トモはここを出ていくと言った。
彼女らしく理由はシンプルで、次に見たいものが決まったからだそうだ。
次に来る時は南部の土産話でも聞かせてやるよ、と言った彼女に泣きながらしがみついたピピをよく覚えている。
私も一応止めようとはしたが、この一ヶ月でトモがどこかに留まることなどしばらくはありえないと思い知らされていた。
彼女はあの真っ赤な髪を揺らしながらまた旅立って行った。
 あれからちょうど一年ほど経ったか。
今度は研究所からピピが旅に出ようとしている。
厳密には、夢見の統計調査人数を増やすためと、私が机の前に居座らせ続けたせいで固くなってしまった価値観を見直させるために無理やり追い出したのだ。
ピピにとって酷かもしれないが、恐らく私の傍にいるだけでは彼は成長しない。
もっと多くの人と接しなければと、トモの件も私を後押しした。
 ピピはしばらく旅に出る。
旅路の間にあの人目を引く赤い髪と瞳にもう一度出会ったりもするのかな、などと考えながら私はピピを見送った。
仕事が落ち着いたら、私も旅に出たいものだ。

○年×月△日 玲・グラスィエ

▲戻る